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第26話 あなた、医者なの?

last update Data de publicação: 2026-10-26 12:22:00

第26話 あなた、医者なの?

 東都国際医療センターへ着いた頃には、撮影スタジオを出てから三十分近くが経っていた。

 澪は車が正面玄関へ着く前に、久我から届いたメッセージをもう一度確認した。

『意識清明。循環動態は安定。重篤な不整脈なし。採血結果待ちです。現時点では脱水、鉄欠乏性貧血、摂取不足が主因として考えやすいですが、念のため経過観察します』

 少なくとも命に関わる状態ではない。

 その一文を頭の中で確認して、ようやく肩の力が少し抜けた。

「状態は?」

 隣から蓮司が尋ねる。

「今のところ安定しています。重い心臓の異常も見つかっていないそうです」

「そうか」

 蓮司も明らかに安堵した。

 撮影中に倒れたのはアルカディア側が手配したモデルだが、御堂ライフスタイルとの共同事業で起きた事故でもある。会社

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  • 「何の取り柄もない妻はいらない」と離婚された翌日、私の正体が世界にバレました   第26話 あなた、医者なの?

    第26話 あなた、医者なの? 東都国際医療センターへ着いた頃には、撮影スタジオを出てから三十分近くが経っていた。 澪は車が正面玄関へ着く前に、久我から届いたメッセージをもう一度確認した。『意識清明。循環動態は安定。重篤な不整脈なし。採血結果待ちです。現時点では脱水、鉄欠乏性貧血、摂取不足が主因として考えやすいですが、念のため経過観察します』 少なくとも命に関わる状態ではない。 その一文を頭の中で確認して、ようやく肩の力が少し抜けた。「状態は?」 隣から蓮司が尋ねる。「今のところ安定しています。重い心臓の異常も見つかっていないそうです」「そうか」 蓮司も明らかに安堵した。 撮影中に倒れたのはアルカディア側が手配したモデルだが、御堂ライフスタイルとの共同事業で起きた事故でもある。会社として病院まで来ること自体は不自然ではない。 ただ、蓮司がわざわざ自分と同じ車へ乗る必要まではなかった。「ここからは私だけでも大丈夫ですよ」 澪が言うと、蓮司は窓の外を見たまま答えた。「会社として説明を聞いてから帰る」「本当に半分は仕事なんですね」「残り半分ももう言っただろ」「心配だから?」「ああ」 最近は、こちらが困るくらい素直だ。 澪はそれ以上何も言わず、車が停止するのを待った。 病院の自動扉を抜けた途端、独特の空気が身体にまとわりつく。 消毒薬の匂い。 低く抑えられた話し声。 遠くから聞こえるストレッチャーの車輪の音。 案内表示。 白衣。 ナース

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    第25話 倒れたモデル 翌朝八時、撮影スタジオにはすでに大勢のスタッフが集まっていた。 アルカディアと御堂ライフスタイルの共同ブランド、その新作を使った最初の大規模な広告撮影である。白い壁と高い天井に囲まれたスタジオには照明機材が並び、衣装ラックの間をスタイリストやメイク担当者が忙しく行き来していた。 澪は予定より三十分早く入り、昨夜手直しした衣装を一着ずつ確認していた。「右肩、もう一度上げてみてください」 昨日、着用時の違和感を訴えたモデルが腕を上げる。「どうですか?」「昨日より全然いいです。引っかかりません」「痛みは?」「ないです」「なら大丈夫そうですね」 澪は縫い目へ指を滑らせ、念のため本人が腕を前後へ動かすところまで確認した。 見た目だけ美しくても意味がない。 写真では一瞬しか残らなくても、その一瞬のために着る人間が苦痛を我慢する服を作りたいわけではなかった。「澪さん」 背後からスタッフに呼ばれる。「御堂ライフスタイルの皆さんがお見えです」「もう?」「九時予定だったんですが、社長も一緒です」 澪の手が止まった。「蓮司さんも?」「はい」 共同事業の最初の広告撮影なのだから、社長が視察に来てもおかしくはない。 おかしくはないのだが。「仕事です」 自分に言い聞かせるように呟くと、隣のスタイリストが不思議そうに振り向いた。「何がです?」「何でもありません」 数分後、蓮司は片桐と商品開発担当者を連れてスタジオへ入ってきた。 澪と目が合う。「おはよ

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    第24話 後悔の始まり 澪との協議を終えて社長室へ戻った蓮司は、机の上に置かれた書類を一枚も読めないまま、十分以上同じページを眺めていた。 普段なら考え事を抱えていても、仕事を始めれば頭は切り替わる。数字は数字として処理し、判断すべきことを先送りにはしない。それができるから、この年齢で御堂ライフスタイルを任されてきた。 しかし今日は駄目だった。『離婚は撤回しません』 澪の声が、何度も戻ってくる。 冷たく突き放されたわけではない。 むしろ逆だった。 自分が変わり始めたことを認めてくれた。嬉しいとも言ってくれた。別の女を好きになるのは嫌だとまで言った。 それでも、離婚する。 その事実が、蓮司にはまだうまく理解できなかった。 仕事なら、改善が認められたなら次の機会がある。 失敗の原因を修正し、相手の要求を満たせば、交渉を続けられる。 だが結婚は違うらしい。 今から正しいことをしたからといって、それまでの三年間が帳消しになるわけではない。 むしろ澪は、今の自分を見ているからこそ離婚したいと言った。 夫婦という形から一度離れなければ、この変化が本物なのか分からない。 理屈としては理解できる。 感情は、まったく納得していなかった。「社長」 片桐の声で、蓮司はようやく顔を上げた。「何だ」「同じページを十五分ほどご覧になっています」「見ているだけだ」「読んではいらっしゃらないようですが」「お前は監視員か」「秘書です。十五時の経営会議が五分後ですので、一応お知らせしました」 蓮司は腕時計を見る。 本当に五分前

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    第23話 離婚は撤回しません 三日後、二度目の正式な離婚協議が行われた。 場所は前回と同じ、御堂ライフスタイル本社の来客用会議室だった。 窓の外には秋晴れの東京が広がり、遠くのビルまでくっきり見える。澪は星野弁護士と並んで座りながら、テーブルの上に置かれた合意書案を一枚ずつ確認していた。 財産分与については、澪が請求しない意思を明確にした上で、将来的な争いが起こらないよう文言が整えられている。御堂家から贈られた宝飾品や衣類についても、所有権の確認が済んだ。婚姻中に共同名義で取得した不動産はなく、子供もいない。 法律上だけを見れば、二人の離婚は驚くほど簡単だった。 難しいのは、紙に書けない部分ばかりだ。「こちらについては、双方異議なしということでよろしいでしょうか」 星野が尋ねると、蓮司側の藤原弁護士が頷いた。「問題ありません」「御堂さんも?」「ああ」 蓮司は短く答えた。 今日は仕事の時と同じ濃い色のスーツを着ている。表情も落ち着いているが、机の端に置かれた離婚届には、まだ署名がない。 澪はそこを見ないようにしていた。 合意書がまとまれば、残るのは署名だけになる。 蓮司が書けば終わる。 書かなければ、さらに話し合うことになる。「では最後に、届出時期について確認しましょう」 藤原が言った。 やはりそこへ来る。「佐伯さん側は、合意書締結後できるだけ早く、というご希望で変更ありませんか」「ありません」 澪は迷わず答えた。 蓮司の指が僅かに動いた。「御堂さんは?」 藤原に尋ねられ、蓮司は数秒黙っていた。「その前に、一つだけ澪

  • 「何の取り柄もない妻はいらない」と離婚された翌日、私の正体が世界にバレました   第22話 愛されたかっただけ

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  • 「何の取り柄もない妻はいらない」と離婚された翌日、私の正体が世界にバレました   第21話 夫婦だったのに知らないこと

    第21話 夫婦だったのに知らないこと 悠真と昼食を終えた澪がアルカディア本社へ戻ったのは、午後一時を少し過ぎた頃だった。 午前中を休みにしたとはいえ、午後からは共同ブランドの試作品確認と海外チームとのオンライン会議がある。エレベーターの中で髪をまとめ直し、頭を仕事へ切り替えようとしていたところへ、スマートフォンが震えた。 星野弁護士からだった。『御堂氏側より、前回協議事項について修正版が届きました。財産分与請求を行わない旨についても、後日の争いを避けるため合意書へ明記する方向で問題ありません。ただし、御堂氏本人から一度、婚姻中の私物について確認したいとの申し出があります。代理人を介した方がよろしければ、そのように対応します』 澪は画面を見ながら、少し考えた。 御堂邸には、まだ自分の物が残っている。 結婚後に買った高価な衣服や宝飾品については返却するつもりだったし、すでに一覧も作ってある。ただ、その中には自分が持ち込んだ本や、小さな裁縫道具、母の遺品なども混じっていた。 すべて家政婦にまとめてもらうこともできる。 その方が楽だ。 けれど、三年間暮らした家から自分の物を他人に選別してもらうことに、少し抵抗もあった。『私物については、私が一度確認に行きます。御堂さんが不在の時間でも構いません』 送信してからエレベーターを降りる。 すると数分もしないうちに、星野から返事が届いた。『御堂氏から「自分も立ち会いたい。ただし佐伯さんが嫌なら退席する」とのことです』 澪は思わず立ち止まった。 以前の蓮司なら、立ち会うのが当然だと言った気がする。 嫌なら退席する。 最近の彼は、こういう細かな部分まで少しずつ変わっている。 それが嬉しいのか、面倒なのか、自分でももう分からない。『構いません。明日の十

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